地震から3週間

あれから3週間のうち、原発の事態は、たぶん、悪くなる一方、ということなのだろう。
毎日少しずつ少しずつ悪くなっていて、そのたびに「安全です」と言われているので、何かが麻痺してしまったかんじだ。
福島の避難は30km圏内に広がり、Nのご両親は東京に来た。
福島第一原子力発電所1〜4号機は廃炉が決まった。
放射能性物質も出て来ている。
葉ものに出荷制限がかかったり、水道水から出たり、建屋地下の汚水に出たり。
敷地内からは、プルトニウムが検出された。
そしてさっきも、福島第1原発の南放水口から南330メートル地点で30日午後に採取した海水から、法令限度の4385倍の濃度の放射性ヨウ素131が検出。北放水口(5〜6号機用)の北約30メートル付近の海水からも、30日午前、1425倍の濃度の放射性ヨウ素が検出。数値はどんどん上がっている。


避難勧告の出ている以外の地域の人が、放射能物質避けをする必要はない、とうたわれる。
そして、イソジンはやはりデマで、しかし義母と義妹は、2回ずつ飲んでしまっていた。


都内では、水道水から乳児の基準値を超える放射能性物質の値が出て、水の買い占めが問題になった。水の買い占めは都内だけではなく、全国に広がっているみたいだった。
雨が降るたびに数値は上がるらしく、梅雨には子供も産まれているので、前から欲しかった、らでぃっしゅのウォーターサーバーを頼むことにした。


都内のスーパーは、一時からっぽで、今は、納豆・水・ヨーグルト・トイレットペーパー・ティッシュ・紙おむつなどが買えない。


計画停電が始まり、東京の夜は暗くなった。
計画停電は、来年の夏まで続く予測。
東京から出て行く人も多く、外国人はぜんぜんいなくなった。
Googleの本社も大阪に移動した。
東京全体が節電しているので、駅まわりのエスカレーターやエレベーターが止まっていて、
バリアフリーじゃ全くなくなってしまった。
東京は坂や階段が多いので、妊婦にはなかなか辛いものがある。


人出も少なく、母親は店の経営の心配をしているあまり、私を育休切りしようとしている。
今、この日本の状況で、この何も動けない9ヶ月で、そのようなことを匂わせてくるのだから、ストレスが半端ない。母の気持ちも店の状況もわかるが、とりあえず産むまで勘づいていないふりを続ける。


放射能のことは、悲しいし怖いけど、私が一番怖いのは、経済のことだ。
裕福だったところから、大借金に見舞われて、ほんとうにいろんな悲しいことが起きて、人間てお金なくなると、いろいろダメなんだなと思うことも多くて、人間性とかそういうところにも及ぶ。だから私はお金がなくなることがとても怖いのだけど、日本全体がそうなるのかと思うとほんとうに怖い。
だからとても稼ぎたいのだけど、今全く動けないので、とてももやもやしてイライラする。


その間、2回検診があった。
胎児は相変わらず全く問題がなかったが、私の方に、尿糖が2度続いて出て、今日は採血となってしまった。
甘いものは15時までにするように、果物やジュースに気をつけるように、体重管理に気をつけるように、と助産師に言われる。
先生は、「一時的に出ているだけだから心配いらないでしょう」とのんびり言ってくれた。


2人目の時に体重が20kg増えた妹に話すと、「私はずっと糖もタンパクも出てたけど、大丈夫だったから心配しなくていいよ」と言われる。妹は強者だ。
そして最近までうまくいっていたのに、また母のことでイライラが止まらないと言うと、妹は「妊娠中ってイライラするよね〜。私も妊娠中、お母さんが全くいたわりがなかったのが悲しくてイライラしたよ。でももう諦めた。たまに他のお母さんがうらやましいけど」と返事がきて、私はずっと、唯一のストレスが肉親だなんて悲しいと思っていたけど、母とうまくやっている妹でさえそうなのだから、一緒に仕事をしている私は仕方がないのだなと思った。「とりあえず今はなんにも考えないで、編み物でもして、赤ちゃんのために楽しいことばっかり考えて!」と励まされる。そういうことを母親から言われたい、と思うが、そういうことを言ってくれる妹がいてくれただけで良かったと思った。母に一番感謝するのは、妹を産んでくれたことだ。母は男の子が産めなかった事で祖母に土下座をしたらしいが、一族斜陽の今となっては、姉妹で本当に良かった。


2週間を過ぎたあたりから、友人、主に子供を持つ数少ない私のママ友らから一同にメールがくるようになった。
妊娠中の私を気遣ってくれ、お水はどうだ、とか、地方の友人は、「いつでも赤子を抱いて避難しておいだ」と言ってくれたりだとか。
今日は三重のBから、遅い懐妊祝いとして、物資が届いた。どれも私の行けるスーパーにないものばかりで、有り難かった。
私はほんとうに友人(と妹と従姉妹)に支えられているんだな、と感じ入る。
なぜ、友人らは私の友人でいてくれるのだろう、ということまで考える。


9ヶ月に入り、途端に息が苦しい。すぐに息があがってしまってフーフーいう。
上腕に小さな静脈瘤が出来、流れの悪さからだろう、寝起き、両手がこわばって握れなくなった。
おなかも大きく、どこから見ても妊婦だ。
余震が怖くて、暗い部屋の中でみんなでじっとしていても、
夫と二人で大きな腹を撫でていると落ち着いた。
胎動は激しく、強い。骨が太くなったみたいだ。
激しく動く腹に、夫が、「フィーバーフィーバー!」と言うので笑った。
幸せとか、希望とか、未来とか、そういうピカっと光るものが入った袋なのだと思えた。
希望の希の字がつく名前をつける気持ちがわかった。