吃音

お互い六本木にいたので、仕事帰りに待ち合わせて、ヒルズで「英国王のスピーチ」を見た。


この映画は、スピーチを苦手とする吃音のジョージ6世が、吃音と向かい合って克服していく中、第二次世界大戦を迎え、国王として、全国民が聴く大事なスピーチを行う話。


吃音のある夫は、エンドロール中も泣いていて、それが見えて私は少し泣いてしまった。


吃音、というと、一般的にイメージするのは、言葉がスクラッチする部分だと思うのだけど、
実際は、というか、そもそも、言葉がうまく口から出ない事なのだ。(人によるのかもしれないが、王様と夫はそうだ)
まず語頭が出てこなくて、語頭が出てきても次の言葉が出てこないと、そこで同じ音をスクラッチしてしまう。
夫は、「王様は、出そう出そうとして、頭の言葉を何度も言っちゃうけど、僕は頭の言葉が出て来なかったら、もう言う事自体をやめる」と言っていた。それで、夫が吃音だという事を、多くの人は気づいていないのだと思う。実際、私の友人らは、その事を言うと、全く気づかなかったと驚く事がほとんどだ。


それから二人でいろんなシーンを思い返し、夫は、確かに自分も独り言だとどもらないし、歌でもどもらない、ヘッドホンをして喋るとどもらない、と不思議そうに言った。
小倉智昭がTVでどもっているのを見た事もないし、圓歌も落語ではどもらない。不思議だね、と。


王様が子供の頃左利きを右利きに強制させられた、というエピソードを見た時、あ、夫と一緒だと思ったのだが、案の定夫は、そこがすごく衝撃的で、そこからほぼずっと泣きながら観ていた、と言っていた。
左利きを強制したことで吃音が出た人は多いらしい。水森亜土もそうだ。
王様は緊張をすると吃音がひどくなるけれど、夫はリラックスできる相手の方が吃音が出る(だから家の中が一番どもる)。これは、小倉さんと同じだそう。
でも、激しく強く何かを言い返したい時なんかは、やっぱり吃音が出ている気がする。
一度か二度、機関銃のように同じ音しか出なかったのを見たのは、夫が激昂していた時だ。同じ音しか出ない、というより、速すぎて止められない、というような感じで。そしてその事が悔しくて夫は更に泣いていた。私が夫の吃音をちゃんと意識したのは、その一度か二度で、あとは、「ちょっとつっかかりやすい人」とか「ちょっとどもりがちな人」とか、意識して言葉にしてみるとすればその程度の感覚でいる。


映画の中で、「生まれつき吃音のある子供はいない」と言っていたのが驚きだったよ、と夫に言うと、夫は義母から聞いた事があったらしく知っていた。
私は、知らなかったので、子供を持とうとした時に、夫の吃音は、子供に遺伝したりするのかしら、とこっそり考えたことがあった。遺伝しなくても、環境として、聞いた音で喋るのなら、何か影響はあるのかしら、とか。それは悩みとか、不安ではなく、そういうこともあるのかな、と思っただけのことなのだけど。


私は夫の吃音に関して、出会ってから今まで、とくに何も感じた事がない。多分彼の多くの友人らと同じように。
勿論、一緒に暮らしていて、私に余裕がない時などにあまりにスクラッチされると、こちらの脳が自動的に混乱してイラっとくることはある。でもべつにそれは単なる脳の反応で、感情ではない。
でも、子供はどうだろう。
成長過程で、気にするような事があるかもしれない。子供というのはそういうものだから。
その時私はこの映画を見せて、この王様の努力を見せることができる。そしてジョージ6世の娘はあのエリザベス女王よ、と言うことができる。お前はこの気品高いお姫様と同じね、と言うことができる。